2002年5月21日 呼吸器事故を防げ

5月14日付けの各紙に、平成13年度の国立医療機関において11件の人工呼吸器関連の事故が発生し、7名が死亡し2名が意識不明の重体になったとの集計があがったという報道があった。意識不明の重体とは、低酸素脳症のことであろう。回復はまず望めない。ちょうど1年前のこのコラム(人工呼吸器の安全性)において、私は、わが国で5年間に100から200人の死亡事故が起こっているのではないかと推測した。上記の集計からみると、一年に約10名。それが5年なら50名。そしてこれは国立医療機関に限定した集計であるから、民間や在宅を入れたら、少なくともその2倍以上の発生が起こっていると考えるのが普通であろう。やはり、推測程度の事故は確実に起こっていたのだ。北の地の国立療養所で難病医療を果敢に行ってきた畏友、青森の大竹医師は、海外の事情を調べてくれて、海外でも同じように事故が多発している実態があることを教えてくれた。彼の示してくれた論文を見ると、アラームが不適切であったことが主要な問題であるように理解される。また、我が国の新聞報道での有識者のコメントでは、緊張感をもって看護、介護にあたるしかない、という精神論であった。
幸い私たちは事故を起こしていない。が、事故ぎりぎりのことは何度か経験がある。私たちが、死亡事故を起こしていないのは、単に幸運にすぎないのかも知れない。ただ、以下のことは何度も何度も確認してきた。
吸引操作のとき、気管チューブにマウントを再装着するときは、片手で行ってはならない、必ず片手で気管チューブのブレードを持ち、もう一方の手でマウントねじり込むように入れること。とくに寝る前は、各継ぎ手の部分がしっかり挿入されていることを確認すること、などである。とくに両手でのねじり込みがきちんとされることによって不用意にマウントが外れるということはほとんどなくなった。しかし、これは「緊張感」にも関連するが、必ずそれがきちんとなされない事態が発生しうるのだ。それが人間なのである。そして、それをカバーするのがアラームシステムである。従ってアラームシステムを完璧に運用するということは、精神論を超える視点がきちんとあると理解できる。問題はアラームが鳴っても気がつかない、あるいは気づきに遅れるということがありえるのだ。とくに長期人工呼吸管理の患者は、オープンスペースのICUなどではなく、病室に入っていることが多いだろう。部屋の中で人工呼吸器のアラームが鳴っていても、詰所にその音が届かないということが大いにありうる。ありうる、ではなく、大分でも実際にあった。さらに、事故にいたらなかったが、私たちの病院でもニアミスはあった。そこで、私たちは、福祉器具を作っているベンチャーの方にお願いして、遠隔アラームを作成してもらった。病室で呼吸器がアラームを鳴らすと、それを感知して詰所のアラームを鳴らすというシステムである。今、当院入院中の呼吸器患者には、必ずこれを付けるようにしている。しかし、それでも事故は起こりうると思う。病院というところは、実は静かではない。各種の電子音やアラームなどが良く似た音で鳴ったりしている。気がつくのが少し遅れたら、取り返しがつかない障害を残しうるのが呼吸器事故なのである。やはり、コネクタにロックをつけなければならないと私は思う。外れた後の対策をとるより、外れない対策をとったほうが絶対に有効性が高いと思うからだ。今回の報道をきっかけとして、そのような方向に議論が進むことを切望している。
水道用のホースにも、ロックが介されるようになってきている。なのに、どうしてヒトが使う命綱にロックがかからないのか。これは不条理ではないのだろうか。

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