Dr Makotyの近況報告2005年

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近況報告2003年

近況報告2004年

12/5-10 12月5日から10日までアイルランドとイギリスに行っておりました。ダブリンで開かれた国際ALS/MND同盟の総会と、同主催のプロフェッショナルフォーラムに出ていたためです。TPPVをしてないと言われるヨーロッパでも、ベルギーなどではちゃんとしているという事実がうかがえたことが収穫でした。そのあたりの実情をきちんと押さえて、日本の論理を来年の横浜での会議で堂々と発表せねばならないと思いました。今年から参加となったメキシコのALS協会のお兄さんとは、レセプションで話をしましたが、せめてNPPVを考えたいが高価すぎてメキシコでは無理だと嘆いていました。JALSAの皆さん、ヨーロッパの実情を視察に行きませんか。言われていることと実際にされていることは違うのではないかというように感じます。ベルギー、フランス、イタリアくらいは国際会議を主催する前に見ておいた方がいいように思います。なんなら僕も行きますから(こらこら)。
ダブリンの帰り、ロンドンに寄りました。大英博物館一点狙いで行ったのですが、さすがに4時間くらいで飽きて、その後地下鉄のフリー券を購入して、市内巡りをしました。ビッグベン、バッキンガム宮、ハイドパーク、ケンジントン宮、そして圧巻だったのが夜のロンドン橋。巨大な石造りの橋がライトアップされ、それは美しい景色を作っておりました。二つの都市を見て、ダブリンは清潔な田舎の都市、ロンドンはにぎやかな猥雑さを感じました。都市のエネルギーの差なのでしょうが、どちらが住みやすいかは人によるでしょうね。これはダブリンの繁華街。そしてこちらはダイアナ妃の街、ケンジントン。夜景はセルフタイマーで撮りました。
11/3-4 東京に一泊二日で行ってまいりました。なかなか充実した二日間でした。
まず、初日は日本ALS協会の吸引講習会。200人くらいお集まりのようでした。ここで自動吸引装置について説明させていただきました。感心したのは、協会の看護師さんたちの説明される吸引法は、完全に私のいうオープン法に統一されていたことです。もしクローズド法を説明されるのなら、クレームつけなくちゃなんて思ってましたが杞憂でした。意識のある患者の吸引であることを忘れないように、という説明に思いを同じくしました。協会のいろいろな方とじっくりお話をさせてもらいながら、最後のパーティまで出席させていただきました。ごちそうさまでした。
さて、翌4日は、午前中はメーカーとのディスカッション。昼から府中に移動して、まず都立神経研で研究者の方とディスカッション。15時からは都立神経病院で、ドクターとナース対象に講演です。院長の林先生をはじめ、多くの方々に聴いていただけました。最終の飛行機に間に合わせるため、大急ぎの講演で、じっくり議論が出来なかったのが残念でした。電車を乗り継ぎ、なんとか飛行機に間に合い、大分に戻りました。ふー、疲れた!
10/4 別に意味のある話題ではないのですが、「気切」というタームで検索をかけると、Googleでは356万件中2位で、当サイトの「気切をいつすべきか」の小文が、Yahooでは5400件中1位で同じく「NPPVと気切の併用について」が引っかかります。どのような仕組みで順位が決められているのか分かりませんが、ありがたいことです。
9/27 大分市保健所主催の「神経系特殊疾患患者・家族相談会」が開かれました。今回は私の意見を取り入れてくれて、脊髄小脳変性症と多系統萎縮症を対象に絞って呼びかけをしてもらいました。その結果、30数名という予想以上の患者、家族の参加がありました。大分市での両疾患の認定者数は約100名(この数はALSの2.5倍に相当します)とのことですので、今回、ほぼ1/3の患者さんか家族の参加が得られたようです。まず永松先生が疾患の説明をされ、私が「在宅療養での呼吸器管理の取り組み」と題して、主にALSのHMVについて説明いたしました。これらの疾患も重症化すると気切や人工呼吸器が必要になる方も結構多く、しかし現状では呼吸器対応となると国立療養所などに入院となっていて、在宅で頑張っておられる方はALSに比べるとごく小数です。私も呼吸器では1名、気切では2名担当していたのみです。その理由として、一つは県段階での会がないからではないか、ということが考えられます。お互いの交流があまりなく、誰かの経験がみなのものに共有できないという状態です。ALSで築きあげられた大分市のサポートネットワークは、きっとこれらの神経難病の方々にも役立つのではないかと考えている次第です。会場では、私たちが今年からはじめている、3ヶ月在宅2週間入院というレスパイトケアシステムに注目を集めたようです。
9/5-6 大きな目をしてまるでドーナツみたいな台風14号が、真っ直ぐ九州をめざしてやってきています。中心気圧935hPaとなかなかの大物です。少し前、アメリカのニューオーリンズにハリケーン「カトリーナ」が大被害をもたらしています。暴風圏はあれ以上だという話もあり、また前日の月曜から空の雲は流れが速く、かなりの台風の来襲が予想されます。まず今年初めて在宅を迎える患者さんのところに台風対策の確認にうかがいました。車から電源を取れるようDCACコンバータは用意されていましたが、延長コードがテーブルタップの2連で、コネクタ部が濡れてショートしそうだったので、病院から持ってきたコードリールをお貸しして、実際にエンジンをかけ電源をとってみます。無事人工呼吸器、吸引器とも動きました。次に車はあるが免許を持っておられない奥様が介護する患者さん宅へ。コンバータ、コードはありましたが、肝心の車の燃料がエンプティ寸前でした。近くのGSに行って万タンにしてセット完了。その他のご家庭も各所の訪看と共同して対策完了。さて当日の火曜日。朝5時ころから轟々という風の音で目が醒めます。今日の夕方最接近というのにこの風です。こりゃ本当に停電あるかと緊張感がわきます。8時には近くのバイパスが冠水通行止め。昼頃雨、風とも強く、これ以上くると危ないかもと思っていたら、午後なぜか風もパタンと落ち、雨も小降りになってピークを過ぎたようです。ちょっと拍子抜けでしたが、被害なくよかったよかった。宮崎県などでは川が氾濫して大変だったようです。大分市内は停電箇所もなく、住宅浸水もなく無事だったようです。今年の第一発目はなんとかクリアです。
9/2-3 北九州市にある産業医大で開催された、第10回日本難病看護学会に行ってきました。教育講演をおおせつかっていたためで、講演は、ALSの呼吸管理、大分でのサポート体制、それに自動吸引装置について話してきました。講演は成功だったと思います。なにせピタッと定刻に終わることができましたから。誤差15秒くらいのもんです。とにかく大きなテーマが2つありましたし、全体が50分とあまり長くなかったので、時間どおりに終われるかかなり危惧していたのですが、なんとかなりました。昨年の難病ネットワークでの講演を聞いてくれていた方もいて、自動吸引装置ついに出来たんですねと喜んでもらえました。講演のなかで、学会でブースを出していた高研で、自動吸引装置のデモをしていると言わしてもらったのですが、講演後のブースは、満員の見学者でした。高研始まって以来の盛況でしたと、担当者も汗をかきながら嬉しそうに言っておりました。講演内容は、また文章化してどこかの雑誌にのせたいと思っています。受けてくれるところあるかな。学会では、九州大の吉良先生、南九州病院の福永先生にもお会いできて、自動吸引装置の完成を報告することができました。
7/29-30 仙台で開かれた日本呼吸管理学会に参加してきました。自動吸引装置の臨床試験結果と、NPPVと気切の併用について報告してきました。自動吸引装置は、高研のブースデモをやり、多くの方々に見ていただきました。実際に在宅呼吸管理に取り組まれている方々からは、一日も早い市販をと、多くの方から言われました。私たちもその気持ちをさらに固め、頑張りたいと思います。
NPPVと気切の併用については、併用することにより、NPPVのQOLと気切の安全性が両立することについての報告です。ただ、最近気切からNPPV機器を用いて、会話時はカフのエアを抜き、夜間などはカフのエアを入れるという方法を好む患者が増えつつあります。どちらを選ぶかは勿論患者さんの選択です。いずれにしても気切のないNPPVだけの状態より格段に安全です。近日中にコンテンツとして公示したいと思います。
仙台では、東北大神経内科教授の糸山先生に誘われ、仙台往診クリニックの川嶋先生などと議論を楽しんでまいりました。同行した徳永さんは、喧嘩にならないかと心配したそうですが、大いに意気投合し、かつ大いに飲みました。おかげで記憶がとぎれている部分があるのが心配なのですが。またアメリカのALSサポートネットワークのパメラ女史と大衆中華を食べながら、いろいろお話を聞けたことも収穫でした。なかなか有意義な仙台行きでした。
7/24 看護技術最新号(8月号)に、自動吸引装置開発についての論文を載せてもらいました。この雑誌、なかなかタイムリーな話題を特集に組んで、内容のレベルが高いわりに読みやすいというクールな編集方針のようで、私もよく読んでいます。とくに他分野のことなら、医学雑誌よりよほどわかりやすいという印象を持っています。今回も、多くの観点から痰の吸引の問題が扱われ、なかなか勉強になりました。さて、今週末は仙台で呼吸管理学会です。今年は2題演題を出しております。一つは自動吸引。もう一つが気切とNPPVの併用の件です。準備はほぼ出きていますが、問題は台風7号。あれに直撃をくうととても仙台まで辿り着きません。おまけに自動吸引は初日の午前ときているので、どうなりますやら。一日何回もネットの気象予報を見て、一喜一憂といったところです。
ところで今年ももう半分が過ぎてしまいました。一年がどうして早いのか。それは季節を春夏秋冬と表現しますが、実際は冬春夏秋だからじゃないかと思いつきました。まだ夏じゃなくて、もう夏なんですよ。夏が終わったらもう秋しか残ってないのだ。。。ほらまた年をとる。あなたも。。。
7/16 滋賀県難病ネットワーク主催の講演会に行ってきました。訪問看護師さんが中心で100名を超える参加があり、呼吸管理を1.5時間、自動吸引を1時間喋らせていただきました。最後に約1時間のフリーディスカッションの時間があり、患者家族からの切実な訴えや、多くの現場の意見を聞いてきました。滋賀県は大分県とほぼ人口が同じ100万人です。ALS患者は大分が100人、滋賀が60人だそうです。呼吸器をつけていないALS患者は大分が50人、滋賀が45人だからほぼ同じ。違うのは呼吸器をつけている患者の数となります。在宅人工呼吸もまだ少数のようでした。気切して呼吸器をつけている患者は怖い、という既定概念を破らないといけないですね。実は呼吸器に移行したALS患者は、訪看にとってきわめて安全なのです。むしろそうなる前の方がよほど不安定で危険だということです。その状態を看れているのなら、間違いなくその後の気切人工呼吸の状態は看れますよ、と話してきました。ALS患者の気切人工呼吸を在宅でやることが、その地域の福祉力をアップし、訪看ステーションのプライドを高めるんだと力説してきました。講演後の懇親会まで準備してくださり、ありがとうございました。ホテルに帰って琵琶湖を見ると、満艦飾の船がゆっくり湖面を進んでいました。遠くでは花火もあがり、気がついたら真夏です。
7/10 今日は一日病院で日当直です。明後日は大分で呼吸器疾患研究会があり、そこに自動吸引装置について演題を出しているのでその準備です。7月末には呼吸管理学会も待っています。その準備を兼ねての資料(パワーポイントの)作成に日中一杯かかりました。夜は原稿書きです。JALSA誌に、一般の方でもわかるような呼吸管理の解説を書いてほしいという依頼があって、明日が締め切りだったので、頑張って第1部と第2部を書き上げました。初期の呼吸不全対策である酸素投与とNPPVについてです。まあまあの出来じゃないのかなあと自画自賛しております。しかしこうやって一日パソコンを眺めていたら目がかすんできました。まだまだ老眼は出てないと自負しているのですが、最近おかずを食べようと器を顔に近づけると、乗っているおかずがぼやけるのです。これは老眼じゃない、目の疲れだと言い張っているのですが。。。やっぱ老眼かなあ。
6/19 日本ALS協会大分県支部の総会がありました。この総会の特徴は、議員本人が見えるというところに特徴がある、と以前永松先生が言われておりました。今回も、衛藤晟一氏(自)、横光克彦氏(社)、岩屋毅氏(自)は本人がお見えでした。残念ながらというか、いまだに大分は55年体制ですね。民主党の皆さんのおこしはありませんでした。自動吸引装置の認可にこれからいろいろ議員の皆さんの援助もいるだろうということで、来賓挨拶のすぐ後に私のプレゼンを入れていただくという無理めなスケジュールにしていただいたのですが、晟一さん以外は挨拶が終わったらすぐ退席されたのは、以前とは様変わりだなと思わずにいられません。まあ、残って聞いていただけた衛藤晟一氏は現在厚生労働副大臣ですから、頑張っていただけるのではないかと期待しています。会場では、自動吸引装置のデモも行いました。記念講演は、東北大神経内科教授の糸山先生でした。約200名の方々の参加があり、大分支部健在なりを示してくれました。当日の模様はOBSのニュースで大きく取り上げていただいたようですが、晩の懇親会に出ていて見損ねてしまいました。糸山先生とは、仙台での再開を約束してお別れしました。そう、次は7月末、仙台での呼吸管理学会です。自動吸引装置の学会初登場なのです。さて、どのようなご批判、ご評価をいただけるか。これから準備をはじめます。
6/12 日本ALS協会近畿ブロック総会の講演者として招かれ、お話ししてきました。300人お集まりだったようです。ALSの呼吸管理と自動吸引の話を約1時間でするというものでしたが、幸い10分前から始めて、5分延長させてもらえたので、ほぼ言いたいことは全部喋ることができました。これで自動吸引装置の件も、東京と大阪でお話しすることができたのでホッとしております。会場からの反応も一日も早く使いたいというもので、なんとか許認可の壁を乗り越え、使っていただきたいと切に思いますが、どうなりますか。
自動吸引以外では、気切患者の発声について皆さん関心が高いと思いました。気切バイレベル換気で、カフエア半抜きで会話ができるということを広めていかねばならないと思いました。それにしても事務局長の水町さんの当意即妙の司会には感心しました。やはり才能ある方々がこの運動を担っているんだと思った次第です。
久しぶりの関西出張で、午前のうちに伊賀の里に行って墓参りもできました。普段不義理していますのでいい機会でした。
5/21 大分県立看護科学大学の学園祭で、自動吸引装置のデモンストレーションをしたいという話があったので、協力してきました。基礎看護学のブースで実演させようと20日夜に大学に伺って、セットを組みました。お人形さん(といっても顔と気管だけだけど)の改造にてこずりましたが、赤インクを入れた水を小型ポンプを用いて持続的に気管に注入し、人工呼吸に影響なく、カニューレからも吹き上がらず、吸引ラインから新型ローラーポンプを使って自動的に吸引できる状態に仕上がりました。見ていた教室のスタッフから「本当に吸引してくれるんですね!」と感心してもらえました。完成してスタッフの方に撮っていただいたのがこの写真です。私の左側に写っているのがデモモデルです。今日明日と本番のデモですが、うまく動いているかな。
5/16 大分県ではじめて身体障害者施設に気切ALS患者が入所することができました。その患者は、身寄りがなかったため2003年5月からNPPVの状態で施設入所が許されていました。2004年10月に痰喀出困難が生じ、ミニトラック挿入していましたが、12月より肺炎(誤嚥性)を頻発するようになり、大分協和病院に入院。その後気切を行い、気切とNPPVを併用しながら、施設への再入所を求めておられました。身障施設としても気切患者の介護は初めてということで、いろいろ議論が出て2,3ヶ月ペンディングの状態が続いていました。この間施設の介護士に気切吸引の実習を当院で受けてもらったり、私が施設に出向いて職員とディスカッションしたりして再入所をお願いしてきましたが、ついに先週試験外泊から本格再入所と進みました。現在患者さんは、本人の希望もあって、鼻マスクではなく、気切からバイレベルの換気を行い、会話がしたいときは、気切のカフを少し緩めるという方法をとっています。全国的には気切ALS患者の身障施設への入所は千葉や高知で行われていると聞きますが、ついに大分もその仲間入りをすることができました。今後も安全に継続できるようできる限り支援していきたいと思っております。今回これが可能になった理由として@厚労省からヘルパー等の気切吸引が許可されたことA理事者側が積極的に受け入れの意思を表明してくれたことB日本財団から身障施設に対してALS入所への資金援助が行われていたことなどが大きいと思います。施設への帰還を果たせたKさんおめでとうございます。それに受け入れてくれた施設の皆さんありがとうございます。大分の難病介護の歴史に新たな一歩を記していただけました。
4/20 Dr山本の診察室という私のホームページは、2001年7月の開設以来ほとんど変更なしにここまできましたが、さすがに飽きてしまったので、少しリニューアルすることにしました。といってもバックの色とほんの少しの構成だけですが。それでも目新しくなった感じしませんか。
さて、一票の重み、とよく言います。今回私は思い知らされました。しかも一票どころではない、半票のあまりもの重さについてです。私の25年来の友人が、今回大分県S市の市議選に2期目の挑戦をしておりました。一時は泡沫候補並みではないかという噂もとびかいましたが、なんとか行けたんじゃないかというのが終盤の予想となっていました。ところが・・・・。蓋をあけてみると、次点。それも最下位当選者は案分票で0.64上回っていただけです。あと一票あれば、堂々最下位当選だったわけです。こんなことってあるのか、としばらく呆然としてしまいました。こんなの小説ならうそ臭すぎますよ。逆ならいいですが、落ちる方にまわる不運というか、無残さは何ともいえません。まああまり行いのいい方じゃなかったから、大きなお灸かも知れませんが。だけどお灸で丸焼けになってしまったようなもんですわ。合掌。
先日東京に出たときに、JALSAの方から、患者や家族の分かるALSの呼吸管理についての解説を書いてくれないか、という話がありました。実は、ALSの呼吸管理については、もう1年半前に某出版社から依頼があって、担当部分を書き上げているのですが、いかんせん出版がされません。あれはそうとう力を入れて書き上げたのでこのまま万一お蔵入りとなると残念で仕方ないのですがね。それは一般医対象でしたので、今度は医学的知識がなくても(というのは無理ですが、詳しくなくても、くらいでしょうか)わかる呼吸管理の解説にしようと思っています。JALSAの会報とともに、このページに掲載してもよいということになりましたので、ご期待ください。4回連載になりそうです。
4/17 16、17日と東京に行っていました。16日は「尊厳死っ、てなに」の集会で、17日は、JALSA東京支部主催の自動吸引装置発表講演会でした。16日のはあまり広くない会場に無理やり入ったような熱気あふれる集会でした。尊厳死や安楽死にかかわるドクターの話はそこそこわかるんですが、文科系研究者の話は難しいですねえ。耳には入るけど脳に入らない、という感じでしょうか。だけど、ALSにとって尊厳死っ、てなに、というテーマは深められたようには思えませんでしたね。まずは総論の段階まで、ということでしょうか。
17日は、練馬市役所の会議室で、JALSA東京支部主催の講演会です。たっぷり時間があったので、自動吸引装置だけでなく、呼吸管理や在宅療養についての経験も話させてもらいました。コンパクトな集会でしたが、かなり密な議論ができたように思います。あとは、いかに早く市販に結びつけるかということですね。皆さんの期待の大きさがわかるだけに、頑張りたいと思っています。
4/12 ここ2ヶ月で、はじめて研究報告関連でパソコンに向かうことのない当直の夜を迎えています。平成16年度の研究報告書、平成15年、16年の総合報告書、それぞれの概要版、ウエブ登録版とこれでもかというぐらい報告書書きました。国から補助金もらうということは、この大変さがあるんですが、県立病院総務課で研究の事務にあたってくれた矢野さん、2年間本当にご苦労さまでした。あなたの素晴らしい事務処理能力がなければとてもこの大きな研究は完成しなかったと思います。以前知り合いの高名な弁護士さんから、瞬発力はピカ一だが、惜しいことに持続力がない、と言われた私めをよくゴールに連れていってくださいました。既に次の仕事に忙しいようですが、元気で頑張ってください。徳永さんもご苦労さまでした。新規に設計した基盤をもとにほとんど完成したマシンを、使いもせずにこりゃもういらん、と言って嘆かせたにもかかわらず、素晴らしい吸引器を作ってくれました。この研究のなかでそうとう髪も白くなられましたが、あとしばらく一緒に頑張りましょう。この研究の海外情報員として活躍してくれるはずだったオーストラリア人のマシュー君、オブザーバーとしてかかわってくれたと思ったら、なぜか一念発起して母国の医大に行くことになり、この春戻ってしまいましたが、元気にやってください。そのうちドクターになった君ともう一度難病医療や、研究課題でディスカッションしたいと願っています。この2年間のことがいろいろ思い出されてきます。研究班のドクターの皆さん、オブザーバーの皆さん、表に裏に僕たちをサポートしてくれてありがとうございました。とにかく研究は大成功で終了しました。これからは実現に向けての作業です。実際の臨床現場で使われて、そしてそこで患者さんの役に立ててはじめて本当の意味の完成です。また気合入れ直して頑張ります。
4/3 今年の呼吸管理学会への演題登録を2件行いました。ひとつはこの間のテーマであった自動吸引装置についてです。なんとか成功裏に終わったこの開発研究について、学会の場で評価を受けたいと考えております。もう一つが「ALS患者におけるNPPVと気切の併用について」というものです。元来NPPVとは、気切をしないで呼吸補助を行おうというものですから、本末転倒といえばそうも言えるのですが、あえてこれを出したのは、筋力低下の進行が限りなく続くALSにおいては、ある程度を越したときに、この方法によって、NPPVのよさ、つまり会話が普通にできることと、気切のよさ、つまり痰が容易に引けて呼吸困難で苦しまなくてよい、ということの両立が出来るからです。私たちはもう2年前からこの方法をとるようにしています。最も最近のトピックスは、高研のネオブレス複管を使用して、夜間は気切からのバイレベル管理、日中はNPPVの切り替えという管理を行いはじめたことです。現在ALSの患者にNPPVはかなり一般的になってきていますが、こういう方法もあるということを知っていただきたく、学会発表することにしました。4月4日が演題締め切りということでなんとか3日に間に合わせたのですが、締め切り延長になったようですね。去年のこの学会は、一般演題がすべてポスターセッションとなっておおいに不満をもったのですが、おそらく多くの方がそう思ったに違いなく、今年は全演題が口演だそうです。しかもこれまでスライドだったのが、PCプレゼンテーションで、スライドは受け付けないそうです。ありがたいことです。文句も言ってみるもんです。(^^;;
3/11 ながらく更新さぼって申し訳ありませんでした。ついに今年度の報告書、ゲラの段階ですが、出来ました。最終モデルの成績は、7例のうち、著効5例、有効2例、無効0例でした。その一歩前のモデルでは、6例中3例有効、3例無効でしたから、大きな大きな進歩です。今、最後の研究班会議とその後の懇親会が終わって病院に戻ったところです。私はあと3時間寝て、その後北海道に飛びます。この4ヶ月一切の遊びを捨て頑張ってきた研究のご褒美(といっても勿論自費ですが)で、ニセコでスキー三昧です。楽しんできますね〜〜。
1/12 都立保健科学大学の川村佐和子教授に大分に来ていただきました。自動吸引装置研究班主催の権威者招聘会議です。先生には昼に大分入りしていただき、私の当日の往診に同行していただきました。約10名の主としてALS患者(そのほとんどがHMV)をまわり、約3時間半の行程でした。会議はご高名な川村先生ということで、大分市内でHMVの訪問看護に従事している各ステーションの訪問看護師も20名近く傍聴に来てくれました。自動吸引装置のディスカッションに続いて川村先生からのヘルパー吸引問題についてのプレゼンテーションをお受けしました。私は基本的にヘルパー吸引はしない方が問題という立場ですが、業務として位置付けられることもなく許可されると野放しになる、という先生の危惧も理解できます。大分ではこの数年なんどもヘルパー吸引の講習会が開かれてきましたが、そのような積み上げの上できちんと業務として認知するという必要は感じます。さて、実験も続けております。最近の収穫は、カフ下部吸引ラインを用いて、ローラーポンプによる持続吸引と、用手による間歇吸引もどちらもうまくいける可能性のある吸引ラインを考案することができました。最終モデルになるか。
1/1 お正月 2005年のお正月になりました。大晦日は雪あり風ありの寒い一日でしたが、お正月は空も晴れ、温度は低いながらおだやかな一日となりました。我が家は私も妻も正月勤務でしたので、おせちは佐伯方式でいただきました。年とり、です。
ネットで調べてみると、年とりというのは全国ところどころで存在しているようで、昔は広く日本中でされていたことをうかがわせますが、今でも市内のほとんどの家庭がこの風習というのは佐伯ぐらいではありますまいか。その年とりとは何だ、とお尋ねの皆様。簡単に言うと、おせち料理を大晦日にいただく、というものなのです。普通は元日にお屠蘇を飲んでからいただきますよね。ところが、大分県の南の一角佐伯とその周辺では、おせちは断然大晦日なのです。お正月におせちを食べるなんて変、と佐伯では言われます。いや、皆さん当たり前と思いすぎていて、そういう会話さえ存在しなかったのです。それがなぜ明らかになったか。私は2週に一回佐伯のクリニックに出て佐伯の在宅ALS患者の往診に参りますが、そのクリニックにお勤めのご夫人の娘さんが山口県の方にお嫁に行かれたのです。で、年とりをしなけりゃと、大晦日におせち料理をずらりとならべて皆さんをお待ちしたところ、お姑さんに、あなたこれは何?と言われてしまったわけです。娘さん、すぐさま佐伯のお母様にご一報です。ええっ!他は違うの!そんな馬鹿な、とばかり、そのご夫人から私が聞かれるということになったのです。私も佐伯には20年は通っていましたが、全くそういうことは存じ上げず、その風習を知ったときには腰が抜けんばかりに驚いたわけであります。で、その佐伯方式の年とりをしてみまして、これは意外によろしい風習のように感じました。やはり私ら堅気の者は、朝から酒を飲むという習慣がございません。お正月早々お屠蘇をいただいたり、お酒を飲んでおせちを食べるとなると、なんか身体を持て余しますし、その後外出が出来ません。その点夜に皆さん集まって酒を飲むとういうのはごく自然なことでありまして、忘年会も一段落ついた大晦日にも一度やっても問題ありません。テレビも酔っ払っていても見れる程度のものしかやってませんし、家族が集まってわいわい言いながら大晦日を過ごすというのはなかなかよいものです。いつもならお預けをくらったおせちの重箱を片目にせいぜい年越しそばを食べる程度の質素な大晦日が豪華絢爛の催しになること請け合いです。今年の年末は皆さんもされてみてはいかがでしょう。
さて、私、正月もありません。例の臨床試験の最中です。おまけに本日は夜間当番も当たっておりまして、病院詰のお正月であります。皆様にご多幸あらんことをお祈りいたします。本年もよろしく。